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奈良県宗教人の会

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カテゴリ:未分類( 15 )

事務局会議開き総会日程決める

 奈良宗教人の会は1月7日午後事務局会議を開催して、定期総会の日程などを決めました。
 その前提として、一連の一定地方選挙で、日本共産党の躍進めざして、宗教人として奮闘することを確認。総会を、奈良市内で、5月13日(金)午後2時から開くことを決めました。
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by n-syukyojin | 2011-01-09 07:29

大阪で全国宗教人の会が拡大世話人会(2010/09/28)

国民との結び付き強化へー山下議員報告

7月の参院選結果をふまえ、今後の活動について語り合おうと28日、「全国宗教人・日本共産党を支持する会」が大阪市内で拡大を開き40人が参加しました。

党常任幹部会委員の山下芳生参院議員が、党第2回中央委員会総会内容を報告しました。

 あいさつした同会代表世話人の平山武秀・日本キリスト教団牧師「側面から支援する後援会の役割が重要」だと強調。奥田靖二代表世話人も訴えました。

 山下議員はまず党議席の後退をお詫びし、参院選の総括と教訓について反省点と今後の改善、強化、発展方向を明らかにしたあと、来春のいっせい地方選や次回国政選挙での前進に向けた方針を説明。「党綱領の生命力」に確僑を持ち、国民との結びつき強化へ、学習会や小集会のいっそうの強化を呼びかけました。

 会場からは、有権者から出された党への意見や疑問、「一人ひとりの生きざまに触れる活動に期待する」という率直な声など、多くの発言がありました。

 山下議員は、日常的に党を語る活動や「小集会を網の目のように広げていこう」と力説。現実政治を動かしている党の姿を紹介しました。

 ただ、今回の拡大世話人会は、来年初頭に京都で開催する「総会」にむけて、意思統一することも目的にしていたが、それは議論されなかった。もう一つ目的にはっきりしない会議と思えた(吉)
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by n-syukyojin | 2010-09-29 08:46

拡大世話人会開催のお知らせ

 日時 9月28日(火)午後1時半
 会場 大阪府社会福祉会館

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by n-syukyojin | 2010-09-27 06:49

日本共産党書記局長市田忠義さんをかこむ宗教者懇談会のご案内

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by n-syukyojin | 2009-05-23 12:45

市田忠義ー日本共産党演説会チラシ

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by n-syukyojin | 2009-05-23 12:41

いま憲法9条を宗教者はー互いを認める世界にー日本基督教団・札幌北光教会牧師

 学生時代に教会のキャンプワークでネパールの農村でボランティアに取り組みました。ネパールの無医村で医寮・公衆衛生の振興に尽力したキリスト者で医師の岩村昇の活動が私たちの取り組みのさきがけでした。
 
 やがて農作業を通じて親しくなった村の老人が、私に対し直立不動で敬礼してみせ、「バカヤロー」と叫びました。それが彼の知っている′「日本
人」だったのです。

 私の中にあった〝先進国の学生が貧しいアジアを助ける″というごう慢な気分が吹き飛びました。アジアの人びとの間で戦争は決して過去のことではなく、日本がアジアに対して負う責任は「貧しいアジアを助ける」というようなものではないー。日本の侵略戦争によって二千万以上といわれるアジアの人びとが死に、深い悲しみをもたらしたことへの謝罪であり、アジアの一員として生きていくには「再び戦争を起こさない」という九条の約束を堅持していくことだと痛感しました。

 岩村医師から、重体の老婆を背負い三日かけて病院まで運んでくれたネバトルの若者の話を聞いたことがありました。若者は「『サンガイ・ジュネ・コラギ』(みんなで生きるために)若い力を持つ自分が力を提供するのは当然だ」と言って、お礼を受け取らなかったといいます。私自身、同じような経験をネパールで何度もしました。
 
 本当に助け合う社会の豊かさー。この経験は「自分を愛するように隣人を愛せ」というイエス・キリストの教えにつながるもので
す。

 平和とは、単に戦争がないことではなく、対立しあうものが共に生きていく姿だという預言者の言葉があります。イラク.戦争に際し、〝異なる文明の衝突″が喧伝(けんでん)されましたが、人びとが互いに認め合い、尊重しあう世界こそ目指されるべきです。ここには憲法九条が示す世界観があります。

 同時に、「生きてきて良かった」といえる世界が未来にあること、すなわち
「希望」を語ることに宗教者の大切な役割があると感じています。それは、強い者や金持ちだけが勝ち残るのでなく、人びとが共に生きられる世界を目指すことです。

 幼稚園の運営に携わり、子どもの権利を守る運動にも参加しています。年々子どもが生きる環境が厳しくなっています。子どもが子どもらしく希望を持ち、平和に生きられる社会、戦争にとられることのない社会を、という願いが九条への思いにつながっています。

 子どもの生きる力は、自分が受け入れられ、自分が自分らしく「そのままでいいんだ」と思えることから生まれます。真剣にかかわってくれるおとなの存在が大切です。同時に、九条を守る真剣なおとなの姿が、子どもたちの希望につながると債じています。

 ブッシュ大統領の支持基盤となった米国キリスト教右派の闇でも〝同性愛の禁止″などより「環境問題」に関心が高まっているといいます。閉塞(へいそく)の中で、従来の枠を超えた対話のチャンスは広がっています。互いを尊重し、持てるものを出し合うという価値観と、九条が目指すビジョンがもっとかみあっていけば、より多くの人と九条の価値を共有できると確信します。

日本基督教団・札幌北光教会牧師
・後宮敬爾さん
 うしろく よしや1956年京都府生まれ。同志社大学大学院修士課程(神学)修了。土佐教会牧師、千歳栄光教会牧師を経て2002年から現職。北光幼稚園園長。著書に『キリストにある生』(日本キリ
スト教団出版局)

「しんぶん赤旗」1/14付
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by n-syukyojin | 2008-01-17 13:36

いま憲法9条を宗教者はー理性が生き残る時代ー高野山真言宗僧侶・泉蔵院住職

 二〇〇一年の夏、シルクロードを旅しました。インドから膨大な苗代の経典を中国に持ち帰り翻訳した玄奘(げんじょう、三蔵法師)の足跡を辿(たど)りました。その終着点、パキスタンのイスラマバードに着いたのが九月九日。今では想像もできないほどのどかで、荷物検査などどこでもありませんでした。

 成田空港に到着したのが十日でした。その翌日、ニューヨークのワールド・トレードセンターをはじめとする大テロ事件が発生し、アフガニスタンとその周辺地域は大戦争に巻き込まれていきました。仏教が東へと漸進し東西文明が交流した人類史の舞台に、爆音が吹き荒れています。

 そのときイスラマバードでパキスタン人ガイドから一体の銅像を譲り受けました。タリバンの攻撃で壊される難を避け、彼の友人がアフガニスタンのカブールから命からがら持ち帰ったものでした。

平和訴える銅像

 ガイドの説明では、青銅の像は二千数百年前のメソポタミアのもので、右手にあるのは麦の穂、左手には鳩です。「一粒の麦」から始まったという文明、そして平和を象徴する姿です。

 文明はもともと戦(いくさ)をするために始まったのではありません。いかに
民を食べさせるかが根本です。戦争や武力はむしろ文明の退潮のあらわれです。銅像、仏像だって戦争期につくられたものではありません。

 戦争がこんな小さな平和の象徴を踏みにじる時代です。もし全知全能の神がいるなら、大量殺人とそのための兵器の生産も販売も許すはずはありません。アメリカがアフガン、イラクを爆撃しイスラエルを助け、そしてテロが繰り返される。暴力の連鎖、テロの恐怖に世界がおびえています。
 
 しかし私は、人間は本来殺しあうような生き物ではないと思っています。「平和」とは、平らにものが口に入ることです。みなが平等に食べられ暮らせれば平和であるはずなのです。

 人間を戦争へと追いやるものは、戦争を必要とするシステムの存在です。アメリカなどで軍産複合体と呼ばれる兵器商売の体系です。人の考えを管理し、民衆にものを考えさせないしくみまでつくりあげるのです。

 およそ百年前に富国強兵を「追求」し、軍部の権力
拡大の中で悲惨な戦争を経て、破滅を導いたことを反省できない日本の政治家。いまはアメリカの属国のような形になっています。そんて、このようなシステムの中で利権をあさる人々も存在します。守屋前防衛事務次皆の事件はその構造の一角を示しました。
                                              目覚め促す役割

 この状況を救うのは人びとの目覚め以外ありません。その日覚めを促すのは宗教の大きな役割です。仏教は、真理を知った者、すなわち仏の教えであり、その本質は感情的なものではなく、理性的で論理的なものです。

 アメリカの戦争政策が破たんを深める中、感情的で暴力的なものから、理性的で論理的なものが生き残る時代になっています。武器
を持たない、使わないという平明な論理を示す九条を守り生かす、立場を超えた共同にかけてゆきたいと思います。


高野山真言宗僧侶・泉蔵院住職
北村公秀さん
 きたむら こうしゆう1946年岡山県生まれ。種智大学卒業。1976年から泉蔵院(神奈川県平塚市)住職。「ひらつか・九条の会」呼びかけ人。

「しんぶん赤旗」1/13付
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by n-syukyojin | 2008-01-17 13:21

教団ぐるみ選挙に抗議 本願寺派僧侶ら 「私物化」と指摘

浄土真宗本願寺派(西本願寺)が参院選で民主党比例区と自民党大阪選挙区候補を「宗門特別推薦」として教団ぐるみ選挙を展開していることで、本願寺派僧侶有志が教団当局に抗議・質問状を提出、これに共感する声が宗門内外に広がっています。

 抗議・質問状は本願寺総長(宗務行政責任者)と、宗会議長あてで今月八日付。教団ぐるみの選挙は「宗門内の僧侶、門信徒の思想信条・政党支持の自由を侵害する」と述べています。

 とくに本山・教務所・組という宗門の機構・施設・財産・人材をそのまま選挙に活用するのは「ご門徒から預かった宗門組織を特定の政治的活動に利用するという公益法人の政治的私物化」であり「政教一体の批判は免れない」と指摘。教団当局が“宗教法人非課税を維持するため国会に人材をおくる”と説明していることについて、特定候補の選挙活動をすれば逆に宗教法人の公益性が疑われ、課税の口実を与えることになると反論しています。

 さらに比例区で民主、大阪選挙区で自民を推すこと自体が常識に反し、「宗門の政治的節操が疑われる」と批判。「政党におもねり、政治権力と結びつくことで宗門の発展がはかれるものではなく、その道は教団の『創価学会化』であり、宗教教団として自滅行為」だと述べています。

 有志の一人である京都市の住職は「宗教専門紙に載ったり、われわれが知り合いの住職にファクスし、受け取った住職がさらにファクスするという形で広がり、抗議・質問状に共鳴するという声が寄せられてきている」と語っています。
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by n-syukyojin | 2007-07-15 10:24

「宗門特別推薦」と政教一体の「教団ぐるみ」支援活動を憂い、中止を求める

「宗門特別推薦」と政教一体の「教団ぐるみ」支援活動を憂い、中止を求める

2007(平成19)年7月   
浄土真宗本願寺派僧侶門信徒有志



 今月に実施される参議院選挙に際し、本願寺総局は、これまでにない「宗門特別推薦」という制度をもうけ、比例(全国)区で民主党、大阪選挙区では自民党の候補者の政治活動を宗門あげて支援することを決定し、選挙活動にとりくんでいます。
 私たちは、今回の「教団ぐるみ」の選挙活動に対し、宗教的にも政治的にも極めて非常識な行為であるとの深い憂慮を覚えると共に、本願寺の発展を願う宗門人として、驚きと悲しみの念を禁じえません。総局に対し、下記の理由から、支援活動の中止を求めるとともに、私たちと全門徒の憂慮にたいする総局見解の提示を求めます。

 まず、第一に、「宗門は政治的信条では右から左まで、いろんな主義主張を持つ人々を包呑しており、とくに一方に偏することはできない。」(第174臨時宗会の中間答申)としているように、特定の個人、政党を宗門あげて支援することは、宗門内の僧侶、門信徒の思想信条・政党支持の自由を侵害するものです。

 第2に、確かに、「宗門に対する現実の社会事象を眺めるとき、到底政治と無縁ではあり得ず、宗門は従来も、これからも必然的に政治にかかわり、また積極的にかかわるべき」(第174臨時宗会の中間答申)でありましょう。
 これはわが宗門のみならず、現実社会のうちに存在し社会的活動を行うもの全てにとって当然のことでありますが、このことは、特定の個人や政党を選挙で宗門あげて支援活動を行うこととは全く次元を異にすることです。
 本願寺教団は、阿弥陀如来を本尊として仰ぎ、お念仏によってつながれた同朋教団です。政治への「積極的な関わり」は、時々の政治的諸問題に対する宗門としての主張を、世論あるいは、時の政府機関や各政党に対し、堂々と提言し要請していくことによって行うべきです。
 宗門として直接、宗門代表としての議員を擁して政治に手を染めることは、宗教団体の政治団体化であり、政教分離の原則に反することであり、政教一体との批判は免れません。
 特に、今回の支援活動において、本山・各教区教務所・組という宗派としての既存の行政機構、施設、財産などがそのまま選挙活動に活用されていますが、これは、ご門徒様から預かった大切な宗門の組織を特定の政治的活動のために利用するということであり、公益法人の政治的私物化です。このことは、総局が今回の支援活動の動機として掲げている「原則非課税の公益法人から宗教法人が排除され、宗教法人が課税の対象とされる」という危険性に、逆に口実を与えることにもなります。

 第3に、総局は、今回の特別推薦について、「正確・迅速な情報を入手し、適切な議論・提言を行っていくためには、宗門を代表する人材を国会に送り出す必要」があるとしていますが、特定の宗教団体が自らの利益を計る事、すなわち便宜供与を目的に議員を擁して直接政治に関与することは、全国民に責任を負うべき国会議員の国民に対する普遍的公正的立場からしても、許されない行為です。
 創価学会と公明党との関係が批判されているように、特定の宗教団体による政治の私物化という過ちを犯してはなりません。

 第4に、総局は、政治に関わる政治情勢として、「憲法や教育基本法の改正、宗教法人をはじめとする公益法人の制度改革、自衛隊のイラク派遣に端を発する自衛隊法の改正など、宗門として見逃すことの出来ない諸問題が山積み」しているとしています。選挙で候補者を推薦する場合、候補者と政策協定を結ぶことが前提ですが、果たして、これらの問題で宗門は、推薦する候補者、政党と政策について協議し、一致をされているのでしょうか。
 そもそも全国(比例)区で民主党、大阪選挙区で自民党という互いに対立している政党を同時に推薦するということ自体、政治的常識からいってもあり得ないことであり、宗門内はもとより、広く国民から宗門の節操を疑われる結果を招くと言わざるを得ません。
 現代の日本の議会政治は、政党政治であり、個人の信条や宗門の意向より所属政党の意向を優先させることが、政党政治の常識であります。宗門の意向を国会に反映させると言いますが、宗門の意向に反することがあっても、所属政党の意向に反することはあり得ません。

 政党におもねり、政治権力と結びつくことによって、宗門の発展がはかれるわけはありません。逆にその道は、本願寺教団の「創価学会化」であり、「外義」も「内心」も「外道に満ちみちて」しまうことになります。
 5月にオーストリアで開かれたOBサミットに、ご門主は日本の仏教会の代表として参加されました。中東で続く紛争やテロの問題での討議の席でご門主は、「世界の宗教指導者の十人の中の一人として英語で発言され、釈尊の言葉を引用して、仏教の『非暴力』を強調され」(本願寺新報)ました。この発言は、会議の最終声明に盛り込まれました。ご門主のこのような行動こそ、現実の政治に対する宗教者としてふさわしい行動なのではないでしょうか。
 「そらごとたわごとまことあることなき」俗世に埋没するのではなく、「念仏のみぞまこと」の立場から、現実の世俗世界、政治世界を相対化し、宗教者としての広く高い立場から、堂々と提言し世論をリードしていくことこそ、聖人750回大遠忌を迎える本願寺教団としての政治参加のありかたであると考えます。
 今回の宗門あげての政教一体の「教団ぐるみ」選挙は、宗教教団として、自滅行為です。私たちは、宗門の発展を願う立場から、今回の選挙支援活動の中止と、宗門内僧侶・門信徒の憂慮にたいする総局見解を求めるものです。
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by n-syukyojin | 2007-07-08 11:50

公明に離党届提出した福本氏、野党から比例選に出馬へ

 公明党の福本潤一参院議員(58)は15日、国会内で記者会見し、公明党に離党届を提出し、夏の参院選は野党から比例選に出馬する方向で検討していることを明らかにした。

 公明党は離党届を受理せず、同日、中央規律委員会を開催し、福本氏の処分の検討に入った。来週にも除名処分とする見通しだ。

 福本氏は記者会見で、「公明党から3期目に向けた公認がなかった。国政でやり残したことへの未練は残っている」と離党の理由を説明。公明党執行部には今年4月から離党の意向を伝えていたが、慰留されたため、6月11日に離党届を内容証明郵便で送ったという。福本氏は公明党の体質について、「全体主義的な体制」「アンチヒューマニズムの政党」と批判。参院選の出馬については、民主党からの出馬を示唆したが明言は避けた。

 ただ、民主党の鳩山幹事長は15日の記者会見で、福本氏から出馬について相談を受けたが、「そう簡単にはいかない」と回答したことを明らかにした。

 公明党の北側幹事長は記者会見で、福本氏に対し「極めて言語道断。党員や支持者への裏切り行為で断じて許すことはできない」と激しく非難した。公明党によると、同党を離党、または除名された国会議員は計4人。除名されたのは、1988年、月刊誌上で池田大作・創価学会名誉会長を批判し、政治献金疑惑を理由に処分された大橋敏雄・元衆院議員の例がある。

 福本氏は広島市出身。東大農学部卒で、愛媛大助教授などを経て、1995年の参院比例選で新進党から出馬し、初当選した。2001年に公明党公認で2回目の当選を果たした。

(2007年6月15日20時57分 読売新聞)
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by n-syukyojin | 2007-06-16 15:55